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2006年09月27日

学校の自由競争は、いい結果を生まない可能性がある!


 朝日新聞の神奈川県版に私立高校と生徒の処分は、県立高校の260倍と言う記事があった。私立高校の処分が県立高校よりも厳しいのには、訳がある。それは、私立高校のほうが、自由競争に晒されているからだ。
 このことを抽象的に言うと、教育の自由化は、徹底的に生徒の自己責任を問うのだ!ということだ。そして、学校は、教育力を向上させる以上に、生徒に自己責任を問うて、手に余る生徒を見放していくことになるのだ。
 言うもでもなく、高校は、義務教育ではないから、生徒や保護者の任意性が、優先される。行くも行かないも個人の自由だ。だから、高校での処分も当然、義務教育の段階よりは、厳しいものになってしかるべきだが、しかし、県立と私立のこの格差は、あまりにも大きいと思う。
 それは、どこに起因しているかと言えば、前述の私学が、自由競争に晒されているからだ。少しでも評判が落ちると私学の存続に影響を与えるからだ。俗に言う悪い生徒を私学が抱えるリスクは、県立高校が抱えるリスク以上に大きい。このことが、処分の格差になっていることは、誰でも想像できるはずだ。教育の自由化を推進すればするほど、こういう事態になっていくことは、目に見えている。公立学校もそういう傾向を強めることになるだろう。
 教育の使命は、色々あるが、その一つに子どもに社会性を獲得させるという使命がある。しかし、教育の自由化は、そういう使命を奪う施策になる可能性があるということだ。学校選択制の競争の中で、学校自らが、自分の使命を放棄することになっていきそうな気がする。学校を追われた子どもたちは、一体どこに活路を見出すのだろう。


2006年09月18日

教育バウチャー制度って、そんなにいいものなのか


 私が、大学生だった時代に、教育バウチャー制度については、随分と議論された。教育利用券と言えるものを国から国民に支給し、国民は、その利用券を自分の教育方針に適した学校で使うと言うものだ。学校選択制とセットで議論されるものだ。
 また、私立学校と公立学校の垣根をある程度取り除いて、自由に競争させることによって、教育効果を高めようという狙いを持つ制度だ。
 この制度の成果については、まだ確定したものはないが、親の満足度は上がるらしい。しかし、それ上はまだまだ研究を待たなくてはならないだろう。
この教育バウチャー制度だが、要は、税金を教育にどう使うのかということだ。小さな政府を志向する時代には、必ず出てくる議論だが、教育を個人のものと考えるか、国のものと考えるかで、この教育バウチャー制度に対するスタンスは違ってくる。そして、教育の自由化をどう考えるかで、導入に反対か賛成かが違ってくるだろう。
 私見だが、この教育バウチャー制度で、教育格差を是正するというのは、幻想のような気がする。教育の格差は、教育の自由化が招いたものだ。
 その教育の自由化を推進する教育バウチャー制度では、教育の格差を是正することは出来ないだろう。所得格差に基づく教育バウチャーの制限を設ければ、是正されると言うのは、間違いだ。
 低所得層に多くの教育バウチャーを配り、高所得層には、教育バウチャーを制限する、ということ自体、無理があるだろうし、もしそのことが実現しても、教育格差は、是正しないと見た方が良い。
 それは、所得階層で、教育に対する意識が違うし、教育の更なる自由化に対して教育バウチャーだけでは、対応できないからだ。よって、教育格差は、是正されないだろうと思う。
 また、私立学校には、すでに助成金があるのに、更に公的資金が流れるのも、疑問視されるだろう。また、公立と私立の自由競争になっていけば、子ども不在の学校間による親獲得競争が繰り広げられて、教育自体が荒廃してしまう可能性が懸念される。
 私の考えでは、まず、教育の自由化がもたらした功罪をしっかり総括した後に、教育バウチャー制度についての議論があるべきだと思う。
 教育の自由化が、本当によかったのかどうか、もう一度考えるべきだと思う。その後に、来る議論のような気がする。皆さんは、どう思うだろうか。


2006年09月14日

小学生の校内暴力


 小学生の校内暴力が、多発しているそうだ。今までの校内暴力は、高校生や中学生が、主流だったのだが、どんどん低年齢化して、今では、小学生が、主流になっている。こんな時代を誰が想像しただろう。今回は、その要因を私なりに考えてみたい。
 まず、なぜ、小学生が、こんなにも荒れてしまったのか。よく言われているのが、家庭でのしつけの問題だが、私は、家庭でのしつけの問題だけにその原因を負わせるのは、無理があると思っている。
 しつけの問題もあるだろうが、それ以上に大きいのが、自我形成における自律=自立の過程が、早まったことにあるのではないかと思っている。
 食生活が豊かになり、肉体的に成長する期間が、短縮されたことと、情報のたれ流しで、子どもの情報環境が、大人並みになって、精神年齢が、急激に上がってしまったこと。そして、価値観の多様化で、子どもが対決しなければならない価値観が非常に弱いこと。この3点が、子どもの自律=自立期を早めて、小学校のうちから反抗する子どもが多くなったのではないかと思う。
 現代の小学生は、昔の小学生とは違う速度で、成熟しているのだ。このことを私たちは、忘れてはいけないのだ。子育てが難しいのは、今も昔も変わらないが、昔流の子育ては通用しなくなってきているのだ。このことが、さらに子育てを難しくしている。



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