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2006年12月26日

教育再生会議の行方


 今回の新聞報道だけで、野依座長の不見識を問うことにはためらいがあるが、それでも、この発言が本当だったとして、また前後の文脈が不明だったとしても、一言言っておきたい。
 朝日新聞(12/24)には、次のような内容の発言があった。「議事要旨によると、『塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだ。公教育を再生させる代わりに塾禁止とする』と再三にわたって強調。『昔できたことがなぜ今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか』と野依氏は訴えた。」
 この発言からまず考えられるのは、野依氏は、今時の「塾」というものを知らないということ。そして、公教育=学校教育の荒廃の原因を暗に塾にあると結論していること。それは、未だに教育を公的なものだけだという旧態依然とした考えを野依氏が持っているということだ。
 教育再生会議というからには、教育について、学校について、公・民を問わずある程度は、知っていてしか然るべきではないのか。特に座長は、それだけの見識をもっていなければ、答申等のまとめは出来ないはずではないか。それなのに、30年も前に問題にされた、塾悪玉論を今さら唱え、公教育復権の手段にしようとするのは、時代錯誤も甚だしい。
どうして、こういうことが起こるのだろう。それは、教育について専門的に見聞きをしたことがないからだ。 教育について一般論しか語れない人をメンバーにしたからではないか。その任命責任を安倍総理は自覚した方が良いのではないだろうか。
 塾は、補習塾だけではなく、学校の授業に満足がいかない生徒のためにもあるのだ。また塾での学校の予習が、学校で授業妨害の原因になると思っているだろうが、そんなことはない。学習塾は、学校の授業をしっかり聞くことを生徒に求めているし、生徒も良い授業ならば、しっかり聞くものだ。そして、駄目押しの一言については、昔出来たことが、今出来ないのだと嘆くこと事態が意味をなさいことを自覚するべきだ。そうしないと教育再生は、無理だ。昔と今は違うのだから。現代は、公・民を問わず、教育機関が包括的に子どもたちをケアする時代だ。そんな時代認識もないこと自体が驚きだ。教育再生と言いながら、学校再生の視点でしかものが言えないのならば、そんな会議は、意味をなさないだろう。安倍総理の人気取り会議だ。
 また、教育再生会議自体が、人気取りだと自覚している委員もいる。それは、国際教養大学長の中嶋嶺雄氏だ。記事の中で、『「野依座長のおっしゃったように塾禁止ぐらいの大きな提言をやらないと」と野依氏に賛同するなどひとしきりの盛り上がりを見せた。』とあるが、これなどは、明らかに目立つだけの会議だと言っているのだろう。この自己顕示欲が、教育を再生できるだろうか。そして、極めつけが、事務局側のこの発言だ。「公教育が再生されれば、自然と塾は競争力を失っていく。結果的になくなる」と。公教育=学校教育は、塾の発展でおかしくなったと事務局側は、認識しているらしいが、本当にそうなのか。近代化=現代化に伴って、価値観の多様化・世俗化が進行した結果、上下関係でもっていた教師―生徒関係の崩壊と学校制度の直線的上昇が相対化したことによって、学校に向けられた信頼が崩壊したからではないのか。
 塾を粗悪の根源にすることは簡単だが、そんなことで、教育問題が解決することはない。誰が、何の目的でこの会議を設置し、どんな効果を誰が期待しているのだろうか。


2006年12月12日

教員免許の更新が5年では誰も教員にならないかもしれない


 全て教員が悪い!とでも思っているのだろうか。確かにふざけた教員がいることは認めるが、志の高い教員もいるし、そういう志の高い教員になろうと努力している若い教員も大勢いる。
 そうした教員の努力を上手く学校に反映できない学校のあり方や、学校行政のあり方を批判検討しないで、教員免許の更新だけを問題視しても何も解決されないどころか、優秀な教員が学校に来なくなる可能性がある。
 また、教育再生会議の中で、試用期間の延長の議論があるが、試用期間の延長をするのは、採用する側の無能力の問題なのに、そういう解釈も出来ないでいる。学校の運営基準がしっかりしていれば、教員への指導は出来るはずなのに、そのこと自体も最初から放棄しているように見える。そうした考え方で何事も判断してしまう姿勢を私たちは批判するべきだ。
 会社は、社長の器で決まるのだ。そうだとすれば、学校は学校行政に責任を持つ制度や官僚制の器で決まるのだ。そのことを問題視しないで、教員に責任の全てを押し付けるようなことをしていては、この国の教育はよくなるわけがない。



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