大阪の私立高が実績水増し事件に思う
この事件が発覚してから、関西では、すでに数校が同じように、水増し合格のようなことをしていた。大学受験の進学実績が、私立高校にとっては、非常に重要な学校選びの基準になることから、生徒を利用して、受けたくもない大学を受験料を肩代わりして受けさせると言う、なんと教育的ではない方法で、教育機関である学校を維持させようとした、とんだ事件だ。
読売新聞の記事の中で副校長が、ふざけたコメントをしているが、実数表示だ、延べ人数表示だと言うことが問題ではない。進路指導の結果、一人の生徒が、数校の大学を受けることは常識だが、学校のために、一部の生徒を利用して、有名私大合格数を延ばすために、関関同立の4大学だけは、学校側は受験料を持つ制度をつくり、さらに、今年は、一人の生徒に73学部の出願をお願いし、その受験料を学校側が肩代わりした。こんな小細工をするような、学校が問題なのだ。高校が、大学受験のみを目的としたものになっている。予備校とどこが違うのだろうか。
この学校だけではない。まだ全国には、このような学校が、数多くあるだろう。生徒の進路のために、教師が頑張って教科指導するというのならいざ知らず、生徒を学校の知名度向上のために、最大限使って進路指導するというのだ。本末転倒だ。このような事態になったのは、明らかに、教育が、私事性の賜物だからだし、教育の自由化が、それを助長させているからだ。昨年の未履修の問題も、今回の無理やり受験問題も根は一つだ。それにしても、この学校の教師は、生徒に恥ずかしくないのだろうか。目的の達成のためならば、汚い手段を使ってまでやっていいぞ!と教師が生徒を教育しているようなものだ。
この問題は、私立高校だけの問題ではない。公立高校にも起こりえる問題だ。教育の問題を学力問題に矮小化していった、ここ10年来の教育行政の問題だ。



