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2007年08月21日

モンスターペアレンツに思う


 最近、モンスターペアレンツの話題が、何かとマスコミに登場する。新聞やテレビの報道を見聞すると驚くべきクレームが学校に寄せられているようだが、何でこんなクレームを親が言うようになってしまったのだろうか。
 以下新聞からの抜粋。
 ・義務教育なのだから、野球部のユニホームは学校で洗って欲しい。
 ・おもちゃの取り合いで喧嘩になったのだから、おもちゃを幼稚園に置かな
いで欲しい。
 ・いじめが原因で、学校を転校することになったのだから、新しい学校へ通
う分の交通費を負担して欲しい。
 ・朝早く起きられないから学校で起こして欲しい。
 
 こんなクレームを親が学校や幼稚園に堂々と言ってしまう。そして、それに対して学校の教師が、狼狽する。こんな報道がここ何ヶ月か続いている。親の社会性が問われるこのようなクレームを学校の教師が、毅然とした態度で諭せないことも問題だが、それ以上に、親のこの厚顔無恥さに呆れる。しかし、こ
のような現象が発生するようになったのは、どうしてなのか。
 私の考えでは、一つは、学校教育の相対的地位の低下が挙げられる。以前と比べて、格段に社会的地位が低下している。学校の言うことは昔は絶対だったが、今は胡散臭く思われている。学校の先生は、尊敬の対象からバッシングの対象になってしまった。
 それに伴って、今までは、学校の先生は、生徒を評価する側だったから、他者から評価されているという意識が低い。親からどう見られているか、全く考えていないので、批判されやすいのだ。
 もう一つは、教育の私事性の問題だ。教育を受けるのは、自分のためだという意識が完全に定着した。そのため、学校や教師を自分のために使おうという意識が無意識のうちに働くのだ。この考えは、戦後教育の中で広まった考え方だが、この考え方は、教育勅語の反動で、この考え方が教育の全てを語っているわけではない。
 教育は、社会の公共財だから、教育を受けるのは、社会のためなのだ。個人のためにもなるが、社会構成員として生きていくために、また社会に貢献していくために社会の公共財を学ぶのだ。教育は、個人的なものではなく、社会的なものなのだ。このことを最近の親やマスコミや政府は、忘れているのだ。
 親を見て子どもが育つとすれば、このモンスターペアレンツの問題は、非常に恐ろしい。私たちは、子どもに社会生活上のルールを教えていく存在なのだから、こんなモンスターペアレンツにならないように注意しよう。



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