亀田親子に思う
ここ数週間、亀田親子の話題で日本中が持ちきりだった。昨年来、亀田親子の親子愛・家族愛をマスコミが持ち上げた。彼らのそのほかのヒール的な発言や派手な練習スタイルのパフォーマンスについては、このメルマガで取り上げる資格はないから、亀田親子現象の親子愛について今回は取り上げたい。
亀田親子の親子愛・家族愛は、実は、それほど褒められたものではない。母子癒着が日本の親子関係では、非常に問題だと従来言われてきたが、その親父版が、亀田家の親子愛・家族愛だ。このメルマガでも何回となく触れているが、親子関係の本質は、子どもの自律=自立劇だ。依存状態の親子関係を脱却して、親と子が相互に自律=自立していくことだ。亀田家には、そういう関係性がない。
子どもを金づるに仕立て上げた父親が、恐怖と巧妙な愛情で、3人の子どもを集団睡眠状態=洗脳状態にして、相互依存状態を徹底的に高めた結果、あのような異常な親子愛・家族愛になったように思う。しかし、こういうことは、程度の差はあれ、どの親子にも見られる現象だ。亀田家ほど、異常ではないだけだ。父親や母親の果たせなかった夢を子どもに託して、徹底的に教育していく、期待をかけていくというのは、どこでもある話だ。だから、この亀田家の事例を他山の石にして、親子関係を見直してみてはどうだろう。決して、亀田家だけの固有な問題ではないのだ。
未だ若い、亀田三兄弟には、ぜひ、親離れを果たしてもらって、立派な大人になって欲しい。今回の事件で、社会に出て、恨みやつらみだけを持った人間になっては欲しくはない。君たちの努力は、並大抵の努力ではなかったはずだから。



