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入試を通過儀礼と捉えれば・・・。


 神奈川県の公立高校で、見た目を理由に不合格にした事件がおきた。一見、驚きの事件だが、よくよく考えてみると、視点によっては、意外とそうでもない事件なのだ。今回は、この事件に就いて考えたいと思う。
 まず、事件を論じる前に、神奈川県の入試制度を簡単に説明しておく。神奈川県の公立高校入試は、
大きく分けて二つある。一つは、前期選抜試験=内申点と面接や小論文で、合否を判定する。その選考基準が、各学校ごとに公表されていて、ある程度客観性のある基準になっている。入学試験はない。多分、この前期選抜では、上記のチェック項目を発動しても支障はない。もう一つは、後期選抜試験で、内申点と入試得点で後期選抜の定員の80%を客観的に決定する。残りの20%の定員(後期選抜)は各高校の選考基準を加味して合否が決定される。
 今回の事件は、後期選抜の内申点と入試得点で合格になった生徒を見た目で、不合格にしてしまったところにルール違反があったのだ。これは問題になっても仕方がない。このルール破りは、大きな問題だ。人権的な問題は言うに及ばず(差別的対応など)、基準を公表にしているのに、それを自ら守らないのであるから、これでは、教育機関として、生徒を指導することもできない。大きな問題なのだ。
 しかし、逆の側から考えると、問題のもう一つの本質は、生徒本人とその生徒の保護者にあることも事実だ。上記にあるチェック項目に触れるようなあり方で、入学試験に臨む方もまた問題なのではないのか、ということだ。
 人生の最初の難関とでも言える入学試験をどういう心構えで臨んだのか、このことを問題にしたい。近代以降、通過儀礼がなくなってしまったから、最近の入学試験は、昔で言う通過儀礼のようなものだ。子どもから大人に向かう一つの関門なのだ。この関門をなんと気楽に、子どもたちに臨ませたことだろう。
 私たちは、大人として、こんな子どもをしっかりどやしつけて、大人になる心構えを教えてやる役割がある。そういう意味では、この校長のやったことは、結果的には、良かったことだ。人生をなめるなよ! ということを教える結果になったかもしれない。さらに言うならば、不合格になった理由をその場で言ってやれればよかったのだが・・・。
 入学試験を単なる入学の許可・不許可と考えるのではなく、通過儀礼だと考えることも必要なことだ。子どもが大人になる前の準備を昔は、しっかりしていた。大人になるとはこういうことだと子どもの身近にいた大人が教えていた。今は、それを教えるのは、親や教師だ。ぜひ、気概のある親や教師でいよう。それが、子どもにできる最大のプレゼントになるはずだから。


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