少年犯罪に思う
読売新聞に、「奈良の同級生殺害、家裁が少年の逆送決定」という記事があった。その記事を読んで、少年犯罪について社会の姿勢を考える時期に来ているのではないかと思った。
少年犯罪について、特に少年の殺人事件について考える時、被害者と加害者の両方を考慮しなければならないが、今までは明らかに加害者を慮っていたような状況があった。2007年の少年法の改正によって、加害者に対して多少厳格に対処するようにはなったが、それでも保護更正の立場から、少年の更生機会を考慮した処罰になっていることに変わりはない。しかし、意図を持って殺人をした事実を被害者側から考えてみれば、大人も子どももない事件として、当事者は死に、その家族は、深い悲しみとやり場のない怒りを感じることに変わりはない。人が一人死ぬことの事実を私たちは、もう一度考え直した方が良いのではないかと思う。
この読売新聞の記事だが、検察官送致の判断は、当然だと思う。こういう事件になると必ず精神鑑定が要求され、裁判官はそれを受け入れるケースも多々あるが、そういう問題ではないだろうし、そういう問題に安易に逃げない方が良いように思う。私としては、意図的な殺人に関しては、成人も少年もないものとして裁判されるべきことではないかと思うことがある。特に、義務教育を終えた16歳以上の少年の場合は、そう思うことがある。私たちは、最低、どんな年の人間にも殺人の不当さを徹底することだ。少年だから許される範疇に殺人は入っていないのだ。そのことを社会としてどう表現していくか、しっかり考える時が来ていると思うが、いかがだろうか。
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