新自由主義が、教育を滅ぼすかもしれない!
読売新聞の5月2日号に「教員人事権移譲、条例で…文科省見解」というものが載った。記事を要約すると、今まで都道府県で行なっていた教員の人事権を市町村に移管させていくことが可能になるということだ。
「文部科学省は、公立小・中学校の教員の人事権を現行法を改正せずに、都道府県から市町村に移譲できるとの見解をまとめた。人事権移譲を盛り込んだ条例を都道府県が制定することが条件となる。教員人事権の市町村への移譲は、大阪府の橋下徹知事が「住民に最も近い自治体が教員人事を担うべきだ」として認めるよう求めていた。文科省が正式な判断を示したことで、今後、教員人事権の移譲を求める市町村が出てくる可能性もある。」
この記事を読んで一つの懸念を私は感じた。確かに、現行の制度は複雑で、市町村が教員の服務管理を担うが、採用や人事については、県がそれを担い、国や県がその人件費を負担している。この制度は、県費負担教職員制度と呼ばれるが、この複雑な制度をシンプルにして、直接服務管理を行う市町村が人事権も掌握するというのは、一見非常に良いことに見える。教員の質についてもある程度担保されるかもしれない。採用した責任が、もろに降りかかってくるのだから。
がしかし、この試みは、結局は、市町村に財政的な負担を強いるように発展していくだろうから、市町村の首長の経営手腕によって、非常に大きな格差を生む可能性があるように思うがどうだろうか。教育の機会均等と教育の質の確保ならびに向上を狙いに始まったこの現行制度(小泉政権下での三位一体改革で県の負担分が増えて、地域格差が生じることになったが)を、完全に変えてしまう危険性がある。
もし、市町村に財政的な負担を強いることになれば、地域における教育格差は、現行以上に拡大することになって、義務教育のインフラが崩れてしまうことになりかねない。そうなれば、日本の国力にとって大きな痛手になるはずだ。義務教育に新自由主義的な競争原理は、必要がないものだ。サバイバル競争のような競争ではなく、スキルを競いあって、お互いが高めあうものにしなければならないのだ。そのことと食うか食われるかの競争は全く次元が違うものだ。それを混同したような施策を安易に打つものではないと思うがどうだろうか。義務教育のインフレが崩れないような施策も考える必要があると思う。そうしなければ、この提案は、ちょっと怖い。



